登校拒否の子供に対する親の対応。

先日出張カウンセリングのご依頼を頂いて仙台の方へ行かせていただきました。

私の息子は高校1年目から登校拒否をしました、具体的にはケンカが発端で肉体的なイジメに合った2年目は学校に嫌気がさして登校しなくなり、3年目には卒業単位すら危うい状態でした。

1年目のイジメのキッカケはほんの些細なことでボクサーを目指している子がいるグループと、男同士のじゃれあいからケンカになり、その後執拗なイジメに発展したそうです。

流石にボロボロになった息子を見て子供の身の危険を感じた瞬間に、私が学校に赴いて
イジメの顛末について教師への説明を求め、問題は沈静化しました。

学校に仲の良い友達は居ましたが、その件で学校への興味が無くなったからバイトを始めたと後で教えてくれました。

2年目は仲の良い友達とクラスも別れ、ますます学校へ行く気持ちすらもなくなった中、アルバイトに励んで夜中に友達と遊び・・・と「子供の本業は学業」という言葉もありますが、優先順位が反転し学校へ行かない日が増えました。

留年の可能性が出てきた辺りで、私も学校に呼び出されて息子と一緒に担任教師との三者面談です。

「留年はしたくない」という息子の意思を確認した私は息子を叱らず「じゃあ単位だけ取れるように出席日数をがんばろうね」とだけ話して息子なりに考えたのか落とせない単位の日には起こしてほしい内容を必ず伝えてくるようになりました。

3年目で生活指導室に呼び出されたことで、親の私も呼び出しがかかりました。

生活指導に呼び出された原因は、学校の規則で禁止されているバイクに乗っていた息子の友達の後ろに息子が乗っていた件からの呼び出しでした。

1年目から原付、中型、そして大型自動二輪まで所持している息子がバイクに乗っていたことも当然知っていたので(あ、自分が乗っているのはバレなかったんだな~)と、いつかは来る日が来たと思いバッチリと身支度をして学校に向かっている道中に

学校方面から歩いて来る息子とバッタリ会いました(笑)

生活指導室で教師に体罰を受けたことに納得ができず、教師に何も言わず学校を出てきたそうです。学校へ向かってた私と帰ろうとした息子がバッタリ出会うのも必然なのですが(笑)

私は息子に一言「後は任せておき」と言いました。

世界で一番大事な私の息子に学校の規則とはいえ、連帯責任で体罰を加えたことに私の心中は怒り心頭でした。

息子も教師が話を聞いてくれないことと、一方的過ぎた内容に呆れ果てて怒り狂って冷静ではなかったので、息子に提案したのは「気晴らし」でした。

財布からお金を出し「美味しいランチと楽しいことをしてくる」ように告げてその場で別れました。

このとき怒り狂った息子はやるせない怒りで爆発していたので、親が理解してあげなければ彼の怒りのやり場がとんでもない方向に向かったかもしれません。子供のセンシティブな気持ちは親は解決することは難しいですが「手段」と「必要なもの」は提案してあげることが何よりの解決方法です。

学校生活の中で起こったトラブルで私は息子を一切叱ることはありませんでした、子供は子供の社会があって、親の観点でアドバイスを求められない限り口を出す必要ないからです。

教師vs子供 となったときに基本的に子供に勝ち目はありません。

なので絶対に息子の味方をするようにしてきた結果が今も仲良い親子関係を築くことが出来たと信じています。

アルコール依存症の恐ろしさ③

アルコール依存症とは進行性の病気です、いわば底がなくどんどん酷くなっていきます。

アルコールを自分で止めていたとしても自分の意思が介在しない状況でアルコールが入らざるを得なかったシーンに遭遇したり、お酒を飲むと豹変します。

また、暴言暴力や他の依存症と同時に出てくる事もよくあります。

依存症の方の周りにいる人たちは、専門の病院・自助グループ・民間の施設・DARCなどにいくことを提案してあげること。

治療の過程に親切に寄り添って手を差し伸べるのではなく、離れて見守る(Tough Love)が重要になります。

※Tough Loveとは家族や友人に関わらず「見守る愛」と言われ、元々はアメリカのアルコール依存症治療から生まれたものです。

アルコールに限らず依存症は簡単に治療したり、効く薬はないと精神科のドクターの方々もおっしゃっておられます。

長い道のりではありますが、きっと回復すると信じて見守り続けてあげることが自立への最高の支援となります。

日常的に耳にするカウンセリングは自分自身が変化することで対人関係におけるトラブルを解決していくため、離れることよりも寄り添うことが多いですが、依存症の治療は見守ることが重要になります。

しかし見守ることはとても難しいものです。道端に倒れている人がいれば助けたいと思ってしまうような気持ちを抑えなければいけません。

鳥取DARCで子猫の頃から育ち、みんなを見守っているコテツちゃんは今回も最高のアシスタントでした。

距離は離れていても、心の絆を繋げていくことが出来るのがカウンセリングです。

アルコール依存症の恐ろしさ②

アルコールを飲み続けて、体に負担をかけても無理やり続けようとしていきます。

自分をイジメぬく破壊的な行為が、一緒にいる人たちへ暴力的な行為として現れていき、大体はここで酒乱やアルコール依存症と周囲に判断されます。

依存症ではない人は「なぜやめられないのか」「たかがお酒ぐらい」と思われる方がいらっしゃいますが

依存症とは病気です。病気には見合った治療が必要となります。

1回目はトラブルを起こして警察などにお世話になると、しばらくの間は反省をしお酒を辞めていく決意をされる方が多くいらっしゃいます。

しかし、アルコール依存症は日常と自分の生き方が大きく関わっているので根本的に、自分ひとりの力ではどうにもならないというギブアップが必要になります。

2回目のトラブルまで自力でアルコールをやめることは出来ますが、2回目のトラブルは1回目よりも大きなトラブルになる事がよくあります。

それは自力でアルコールを止めているときには、自分が良くなっていると本人は錯覚しますが、日常生活と自分の生き方を変えない限りはまたアルコールに逃避します。

依存症は人生を大きく変えてしまう病気です。

https://aajapan.org/

アルコホーリクス・アノニマス(AA)とは:AAとは、さまざまな職業・社会層に属している人たちが、アルコールを飲まない生き方を手にし、それを続けていくために自由意志で参加している世界的な団体です。

③に続きます。

アルコール依存症の恐ろしさ①

https://www.mhlw.go.jp/izonshou/izonsho_manga_v01.html (こちらからも見れます)

息子がAAについて出してくれた資料が読みやすく、身近に感じれる良い題材でした。

厚生労働省で掲載されており、「ただのアルコール依存症でしょ?」というような言葉ではなく”依存症”そのものに触れています。

少し長めの漫画ではありますが、依存症になっていくところから回復に至る最初のステップを丁寧に書いて下さっているので”アルコール依存症”理解されたい方におすすめの内容です。

アルコール依存症は、日常的に我慢の頻度が高く、無理を飲み込む回数が多い人ほどアルコールを手離せなくなります。

誰かに助けを求めると迷惑をかける、または自分から言えないので、アルコールに助けを求めているのです。

②に続きます。

私たちは日常生活で泣き笑い喜び悲しみと、喜怒哀楽を言葉と体で相手に伝えます。

しかし、仕事・学校などの人間関係においては笑えないときでも笑わないといけない場面があります。

“心にも思っていないこと”を言わざるを得ない時もありますが、そういったシーンとは別にとても重要なことが「笑顔」です。

笑顔はコミュニケーションにおいて一番重要な部分です、笑顔は相手の心理的なハードルさえも飛び越え、自分の魅力に繋がる対人関係におけるメリットが非常に多く含まれています。

しかし、顔は笑っていても心が笑えない。そんなことが重なるとまるで自分の顔が引きつったり固まっているような感じがしませんでしょうか。

心から笑えない笑顔を作り続けることは、自分に嘘をついているような罪悪感が大きくなっていきます。

心で感じることと思考が同じにならないことはとても自分を苦しめています。

心が笑えず、顔だけが笑っているような状況は「感情整理」が出来ていないことが原因です。

自分に正直になるということは、心で感じていることと頭で考えていることが同じ状態であることです。

心と思考が同じ状態であることは、心と頭で違和感がないため自然体でいることが出来ます。それは一番ラクな生き方です♪

しかし仕事や学校でそんな状況を出せるわけがない、とお思いの方にこそ「カウンセリング」や「感情整理」を体験していただくことをオススメします。

カウンセラーはあなたの松葉杖です、自分の考えと価値観以外の視点から楽になれる提案を行っていきます。

意欲がパワーになってホップステップジャンプ

「ホップ・ステップ・ジャンプ」日本語では新しい取り組みや挑戦することで成功を掴み取る時などに使われる例えが多くあります。

セラピーにも通じていて「癒やしたい」「変わりたい」そういった意欲が自分自身の変革に結びつけるためカウンセリングを重ねる方が多くいらっしゃられます。

カウンセリングは心の傷を癒やすだけではなく、心の傷を癒やした後にカウンセリングをどのように使っていくかによって才能の開花に繋がっていきます。

大事なことは自分自身の気持ちと「意欲」です。

心のドアは内側にしか取手がありません、その取手を握っているのは自分自身です。

高齢者のサバイバル

先々週にぞっとするような出来ごとが起こってしまいました。

私の母は隣県に一人で住んでいますが、昨今のゲリラ豪雨や雷で自宅が停電したそうです。

また、停電に伴いブレーカーが落ちたことに気づかず(本人はブレーカーの意味を知りませんでした)
80歳以上の高齢者が3日間。週の最後にヘルパーが来て帰ってから停電し。翌週初めに来るまでブレーカーが落ちている状態で外にも出ず「停電している」と思い込んで3日間生活していたそうです。

暗闇の中、この季節で熱中症にもならずに大事なく乗り切ってくれたと思います。

月曜日に知り、大事なく本当に安心しました。

連絡を取ろうにも携帯電話を所持していないため、ブレーカーの上がった状態では固定電話も使えず自宅付近に公衆電話もなく足腰が悪いためとても大変な思いをしていたことに胸が痛みました。

仕事の予定を調整し、一緒に元気に出迎えてくれた母と息子で和やかな時間を過ごしました。

しかし、このような事件が2度と起こらないように様々な打ち合わせや対策をしっかりと話し合ったので次回に活かすことができそうです♪

自分だけが我慢すればすべてオーケー(体験談)

よしみさんのカウンセリングを受け回数を重ねると、自分を責める性格が私自身が自分の親との関わり方に問題があったことに気づきました。

そして主人のことを話して、主人ではなく自分の問題だと理解した瞬間にもっと大きな衝撃を受けました。

エピソードの一つで毎日学校の昼食として用意しているお弁当箱が、帰宅しても持って来ない息子にイライラしていたこと。

その問題をカウンセリングでシェアするとよしみさんから素敵な提案がありました。

「なら、お弁当箱の数を増やすのはいかがでしょうか、お弁当箱1個でイライラするのはお母さんにも息子さんにもとってもリスクが高くないでしょうか?」

冷静に考えれば「そうだ!」と思うようなことが、私に起こり続けました。

「どんなことでも教育や躾だ」と親が子どもを追い詰めてた事実をゆっくり時間をかけて教えてもらったと思っています。

子供の問題は親の問題だと気づき、今は子供の信頼を得た自分の人生に満足しています。

ワークショップの現場から

薬物依存症者の位置は加害者の価値観、薬物依存症者の家族は被害者の価値観から
無意識に自分を役割付けされて参加されている方が多くいらっしゃいます。

ワークショップではどんな過去や背景があれど最後の立ち位置は同じです。

傷が深い人ほど、また参加する人が多ければ多いほど大きな癒やしが起こります。
この瞬間は皆様の心が一つになり、被害者でも加害者でもなくなる時があります。

ワークの現場では“本当は誰も悪くない感覚”を感じていただきます。

この感覚を体験すると、自分や誰かを責めることが減り攻撃的な態度と暴力性が癒やされていきます。

自分が許されない罪悪感による加害者の意識、傷付けられた記憶が被害者の意識、そういった感情が消える瞬間がワークショップの中では何度も何度もあります。

“加害者でもなく被害者でもない感覚”をキープし”楽な感覚”を体験することがワークショップの醍醐味です。

鼻炎からの解放 体験談

しずこさん 青森県 一人暮らし

季節の変わり目になると、クシャミが続き、鼻がムズムズして、ティッシュが手離せません。

よしみさんのカウンセリングを受けているうちに、意外なことに気づきました。

私はずっと「父親によって前に進めない」と思い込み、人生が常に否定されているような気持ちになっていたのです。

でも、カウンセリングによって「未来に前進させないようにしていたのは私自身」ということに気づくことが出来ました。

過去の問題を解決せずに塩漬けし忘れるがまま記憶の奥底に埋めてしまったことで、未来に繋がるすべてを阻害していたのです。

問題の根っこは10代の頃から「家族に対して思い込んでいたこと」が原因で無実の誤解を大人になった今でも持ち続けていたことは驚きでした。

鼻炎にはじまり、どこの病院にいっても解決せず心理的な要因だと思い始めてからカウンセリングを受けたことで、新たな私の人生がはじまりました。

カウンセリングを受けていなかったら、家族の愛と自分の勘違いに気づかなかったと思います。

自分以外の視点、物事の考え方を変えることでこんなに見える世界が違う気づきに感謝しています。