知っても使えなければ意味がない。

「心理学は日常に使えなければ意味がない」私はこの世界に入ってから常にそう思っています。

ほんの少し物の見方を変化させれば、新たな価値観を知れば、どんなに暗い未来だと思えてしまっていても実は最高にハッピーなエンディングを迎えれることになるやもしれません。

「病は気から」という言葉もあります、身体が病気の人はどこかで心に闇を抱えていることが多くあります。

私たち人間はどんな環境においても適応するだけの才能と能力を秘めています、私たちは無限の可能性を持っています。

どんなに素晴らしい恩恵が私たちを待っていても、私たちがそれに気付かなければギフトを手にすることは出来ません。

自分が見えないのであれば誰かに助けてもらえばいいのです、苦手なことは誰かに頼めばいいのです、自分が得意なことは助けてあげればいいのです。

もちろん、助けてもらうばかりでは人からエネルギーをもらうばかりなので気をつけてくださいね♪

目指すは相互依存、お互いにハッピーになれる関係を築いていくことが理想の人間関係です♪

この記事を読んだ人はさぁ始めてください、知らないことも知っていることも全てが私たちの心の中にあります。

心を癒やし、楽な人生と素晴らしい毎日を過ごせるように、自分と自分の周りの人たちに繋がって最高の人生を楽しんでいきましょう。

困った時や辛いとき、どうしようもないときにはまず一人で考えこまずに頼りましょう。

私たちの人生はひとりではありません、もし孤独を感じているのであればまず繋がりましょう。

そうやって自分の可能性に気づいて、もうワンランク上の自分に出会うためにステップアップして日常生活に心理学を取り込んでいってくださいね♪

おはし。

おはし(押さない・走らない・しゃべらない)阪神淡路大震災以降に多くの避難訓練などで標語として語り継がれ、東日本大震災では「おかしも(押さない・駆けない・しゃべらない・戻らない)」や教える人によっては「おはしもて(押さない・走らない・しゃべらない・戻らない・低学年優先)」と教える場合もあるそうです。

東京・京都・大阪、そして私の住む兵庫県もまた三度目の緊急事態宣言が出ることになったようです。

ソーシャルディスタンス・マスク着用は当たり前としてますが、地震と違い未知の災害のためか標語はないようです。標語は現在も建築関係などでもよく使われており「今日も1日ご安全に」という言葉を聞いたことがある人は多いかもしれませんね。

コミカルでかわいい「現場猫」ちゃんです

標語は、インターネット・SNSが存在しない昭和の時代、もとはもっと古くから存在しています。身近なものに紐付けて重要なキーワードを思い出せるように、と先人の知恵の表し方でもあります。

昨今なら「地震 避難」などで検索することになりますが、ネットは何もないところから有益な情報は生まれません。誰かがデータをまとめたり情報化したものが表示されており、データも情報も全ては過去からの積み重ねによるものです。

私たちがコロナウィルスによるパンデミックも、去年や今年また自我が芽生えた子供たちには見方を変えればマスクを着用して生活する姿が昔から当たり前のように映っているかもしれませんね。

GWで緊急事態宣言が出てしまうことでUSJのようなテーマパークや大型商業施設も休業となるようですが、どこかに行けないことに悲観するより限られた条件の中で、どれだけ素敵なGWを過ごすか気持ちの切り替えをすることが大切です。

試しに息子にGWの過ごし方を聞いたところ「GWは全出勤」とのことでした(笑)
もともとGWには人が集中するのはわかりきっていたのであえてGWに休みを入れない。永年在宅の息子らしい回答だと思います。

辛さ、悲しみ、孤独感のようなネガティブな感情は自分を苦しめます。

自分が楽な人生を送っていけるように、自分のために今年のGWを楽しんでいけるように。顔を上げポジティブなGWにしていきましょう♪

富山には”どこでもドア”があるようです、自分自身がどんな状況においても楽な方向にいけるドアが心の中に必ず存在します♪

37年前の結婚。Part3

私のはじめての結婚生活は6年で終わりを告げました。

先週、祖母の様子を見に息子と実家へいったとき、年月を経てもあまり変わらない町並みを見て、離婚時に色々とボロボロだった私を思い出しました。

離婚後に移り住んだ家の近くをたまたま通る機会があって、息子がこの公園を覚えていたことに驚きです。

現在の怒りは過去の痛み、人間関係を壊し、感情が病気を作っていってしまいます。

後年インターネットで姑の7回忌を知りました。

特に衝撃がない自分だったことに驚きましたが、亡くなったことを悼みました。

どんな出来事であっても、結婚なら離婚、会社なら退職、学校なら卒業といったように物事には節目があり区切りがあります。

あくまで上記は例ですがそれ以上に物事として終わりを選択しそれ以上のことが出来ないため「終わったこと」として社会的かつ自分の節目として区切ることは出来ますが

その後に引きずるケースがあったら自分が過去に埋めた地雷を整理出来ていないことが怒りの要素になります。

過去の未処理は、恨み 辛み 妬み 嫉み これらの世代間連鎖を生み出し続けます。

そして過去の怒りを癒しておかないと、自分の人生でやりたいことが出来なくなってしまうのです。

結婚時に神戸に旅行したとき「こんな街に住みたい!」といったことをその後実現させることになるのですが、この時の私はそんなことを実現させるとは思ってもいなかったでしょう。(離婚していなければ過去の未処理になっていたかもしれませんね 笑)

37年経ち、改めて整理してみると自分の若さ故の未成熟さ、勢いだけで判断や処理をしてしまったことを思い出します。

破壊的な物事の解決の方法はこの時の失敗があるからこそ、心理学でカウンセリングを学び、上手くいく意識の法則に変化させることも出来ました。

過去の未処理・過去の失敗を現在の成功に変化させていくのがカウンセリングです。

37年前の結婚。Part2

昭和の時代にカウンセリングはありません。インターネットもなく、私たちは人と人を介しての井戸端会議的のようなものだけです。メディアは新聞やテレビだけで、リアルタイムな情報は見知った顔ぶれで言葉による情報伝達に限られとても閉鎖的でした。

37年を経た私も姑側と同じような年齢もしくはそれ以上ですが、ひとりの女性として当時の姑を思うと「かわいそう」という気持ちが先立ちます。

結婚式直前で息子と仲違いし自分の夫とも距離があり、とても孤独で心の拠り所がなく寂しかったと思います。

閉鎖的であるということは、苛烈な部分は今と比べ物にならないほど寂しさや怒りといったものは激しかったように感じます。

今はインターネットやスマートフォンで誰とでもかんたんに繋がることが出来てしまいます、体罰など学校内で閉鎖的に行われてきた事が見直されているのも誰かのSOSをすぐにキャッチ出来るようになり、情報の透明化による影響です。

当時はかかって来る電話の中でこんなシーンがありました。

内容は「ご自身の息子のことでの悪口・結婚の不満・駄目だし」

ただそれを私が聞かされる日々。「この電話の内容は息子には言わないでね」とお決まりの文句がセットで付いて来ます。

自分のパートナーのことで悪口ばかり言う母親のお小言を何故私が聞き続けないといけないのか、私から義母に対する印象まで悪くなっていきました。

今の私であれば「本当に自分が今まで大切に育てた息子のことを、そんな風に言いたいわけではないですよね」聞き返してあげられたなと思います。

カウンセリングをさせていただく側の私から当時を振り返ると、私と夫の若さ故の未熟さを微笑ましく思いつつも

もっと上手に主人の義母に向き合うことが出来た部分もあったと思います。

心を癒やせば人は変わります、激的でドラゴンレディーだった私が劇的に変化したように。

37年前の結婚。Part1

私が初めて結婚式をあげたのが4月21日でした。

今から37年前、当時24歳だった私は5ヶ月ぐらいの交際期間を経てのスピード婚でした。

しかし、婚姻届けを結婚式後に出す予定のはずが、結婚式前に新郎が独断で提出したことで、新郎の母が激昂してしまい、結婚式は新郎の母だけドタキャンのまま決行。

結婚式は一生に一度、と誰もが結婚するときにはそう信じています。

自分が親の立場であれば、その一生に一度かもしれないところに「参加しない」という選択をしたのは相当な心境だったでしょう。

私は初めての結婚式で相手方の母親と険悪かつドタキャンのまま経験することになり、ドタキャンした母に「絶対にうちの敷居は跨がせない」「あなたを嫁としては認めない」と言われ、結果としては離婚に至った私の初めての結婚生活を今では懐かしく思います。

当時は姑の言葉に腹が立ったり、傷ついたり、未来がないように思えた私でしたが、今思い出すと吹き出してしまうような笑い話です♪

そのとき若かりし私はとても深刻で、きっとうつ的な症状にもなっていたでしょう。

こんなお話はきっと私だけではなく姑との関係があまり良くなかった人は誰もが経験したことでしょう。

動物は自分やわが子を守ろうとし、周囲に敵意を持ち威嚇し自衛します。しかし人間の場合は敵意ではなく悪意を持つのです。

悪意は直接的に人を傷つけようとはしません、なぜならば直接的に傷つけることは社会的にも道徳的にも問題があると認識しているからです。

故に言葉や心を通じて人を傷つけようとし、その傷は表面や肉体的には見えずとも深い傷跡を残します。

しかし、37年後の私には何もかもが懐かしく思える、笑い話です。

チャンスとピンチは表裏一体

兵庫県以外にも「まん延防止等重点措置」とされている地域が現在もあり
緊急事態宣言のときから引き続き飲食業は営業時間の制限がかかっている状況です。

息子の仕事後にミーティングをすることも多いのですが、3月末で緊急事態宣言が終わって営業時間が伸びたことで息子は晩ごはんの食いっぱぐれがないとホッとしていました。
18時から19時に終わる人は、19時半のラストオーダーに急がないと外でご飯を食べる場合は間に合わないのです。

また仕事が終わってから私のところに来てから帰る時にお店がどこも閉まっている・・・なんてこともザラでした。

そんなある日、私も晩ごはんを食べずに息子も晩ごはんを食べずに仕事を終えて、二人でおなかが空いたときお店が空いていないか二人で三宮まで出てみました。

お店はほとんど閉まっており、夜21時過ぎはテイクアウトすらやっていないお店が多々です。

そんな中、私が普段なら息子と一緒でも行かないであろうお店にデビューすることになりました。

息子が好きなラーメンを出すお店でしたが、ここしか空いておらずおなかも空いていたため入ってみると・・・?

まさかの中華そばが新メニューで出ていたようで息子は濃いとんこつラーメンを食べ、私は中華そばを食べてニッコリ♪

ある日には空腹の息子が晩ごはんに松屋を買いに行ったとき、私も試してみようと一緒にテイクアウト。

はじめての松屋デビュー♪ 

コロナの影響により、私たちの生活様式は変わっており現在も引き続き影響を受けているのは事実です、しかしそんな中でも仕事をさせて頂いて、息子とたまにご飯が食べることができて、普段いくことがないお店にいく発見と楽しさ。

心の中で大事なところがブレていなければ、どんな状況であってもラクな人生を送ることができます。

人間関係はセルフプロデュースが必要。

私たちが人間関係を作るのは、その人と交流しポジティブやメリットを生み出すことが目的です
その人が嫌いであれば学校や職場での役割やよほどの理由がない限り交流しようとは思わないでしょう。

その場限りまたは継続的な人間関係を構築から維持する中でマイナス要素となるのは次の内容です。

・絶対に他人の言葉を聞かない

・余計な一言

・不要な行動

馬が合わない、音楽性の不一致、生理的に受け付けない、色んな理由で他人を嫌ったり疎遠になったりしますが
概ね上記3つの行動は人間関係の継続を続けることはできないものにしていきます。

■絶対に他人の言葉を聞かない

意地っ張り・見栄っ張り・我が道を行く人をイメージをしてみてください
同じ話題が被ると最悪です、必ず考えや価値観を塗り潰してこようとします。

当然ながら同じ場所で何かがあって話をしても一方通行です。

会話のキャッチボールと一方通行は似ているようで少し違います、会話のキャッチボールは相手との関係を熟成させていきます
例え価値観や考えが違ったとしても、お互いを「知る」「考える」「言葉にする」ことで相手への気持ちと関係を深めていきます。

インプットとアウトプットが成立しているのであれば、それはキャッチボールですが相手の言葉をインプット出来ていない場合には関係が深まることはありません。(聞いてるがよく理解できていないケース)

■余計な一言

心理学的には我慢し続けている心の声が外に漏れています。

それを聞いてしまった相手にとっては、無意識であろうが有意識であろうが関係はありません。
自制をするか、付き合い方を変化させなければこれ以上の関係は難しくなります。

「オブラートに包んで伝える」といった表現方法もありますが、基本的に余計な一言を言ってしまうのは自分か相手への不満が積もっているからです。

■不要な行動

報連相が出来ない、関係者を振り回す、周囲への迷惑を考えない人です。

・カフェに入って勝手にメニューを決められたらどうでしょうか
・休日で一緒にどこかへ行くことになり予告なく当日に遠出することになったらどんな気持ちになるでしょうか。

当然こういった想定外の行動を続けると行動している側は何とも思わないかもしれませんが、付き合っている側は距離を置きはじめます。

アクティブでリーダーシップのある行動は素晴らしいことですが、ほんの少し相手への気遣いがあれば事前に意見を求めたり相談したりするでしょう。

行動する前に行うべきことがピンポイントでズレてしまっているために確認不足が生じているので、距離を置かれがちです。

どうでしょうか、上記を読んでいただいて自分または周囲に思い当たるところはありましたでしょうか。

人間関係を続けていくうえで、自分と相手の距離感と一緒に過ごす時間は大切なものです、このひとが苦手、または距離を取られていると感じたときこそ振り返ってみてください。

自分で無意識になっている行動を振り返ることは難しいです、そういったときこそカウンセリングで自分の感情を整理し無意識と向き合うのもひとつです♪

自己治癒

心と身体には密接な関係があります。

しっかり寝ているはずなのに、身体が重たいといった症状に心当たりはありませんでしょうか。

いつも通りの時間で休めているはずなのに、悩み事や考え事で安心して眠れなかったことはありませんでしょうか。

バランスが重要で、どちらかが欠けてしまうと心と身体は互いに補い合おうとします。

身体にも心にも自己防衛機能があり、しっかりと働いているからこそ意図しない倦怠感を感じたときはサインです。

そんな私も今週は息子から、セロリが安かったとのことでウーバーイーツして頂きました♪

持って来た時にはボロネーゼは保存出来るからとのことで、冷蔵庫の中身を見て別のパスタまで作ってくれました!

ボイカスオーラ(和風)だそうで冷蔵庫にあったきのこを20分も炒めてました。

自分のために20分台所に立てないときに、誰かが自分のために20分台所に立ってくれるだけで、どれだけエネルギーがもらえるでしょうか、他人のエネルギーは自己愛と心と身体の回復にとってもよく効く促進剤です。