月と人のメンタル

満月は様々なお話で例えられます。

それは狼のお話であったり、愛を囁く日であったり、統計では交通事故の多い日だったり。

必ずしも満月に何かが起こるわけではありません、また科学的や統計学的に人間の心理状態に影響を及ぼすと広く立証されているわけでもありません。

しかし私たちは古来から月に対して神秘的(スピリチュアル)なものを感じています。

干潮・満潮といった自然的な現象もそうですが、私たちが天体で一番触れることが多いのが月と太陽です。

太陽は雲がない限り浴びることができますが、満月は太陽に比べて稀有なシーンが多くあると思います。

2月Blog記事 ー 自己愛と心の余裕 でもご紹介させていただきましたが、ふと空を見上げて気づくこと、周りの景色や風景を見る余裕にも繋がります。

悪い事が多く起こるように噂される満月ですが、もしそうなのであれば毎日ほんの少し空を見上げる余裕があればそのようなことにはならないかもしれません。 

無意識のボディランゲージ

日本人は心理状態をなかなか他人に話せない環境を作りがちです。

会社や学校が休めない、疲れたしんどいは甘え、他人以上にがんばることを美徳のようにサービス残業という言葉が常態化しているのが日本ではないでしょうか?

メンタルヘルス後進国と呼ばれる理由でもあり、世界から見ると面積が小さい国でもある日本がなぜ先進国と呼ばれているかは、上記のようにひとりひとりが異常なほどに努力をする一面を持っているからだとも言えると思います。

しかし、自殺者の数は先進国ではランキング入りし、自殺者の数は減るどころか増える一方です。またメンタルヘルスの分野においては言葉が日常的に浸透しても実際に追い込まれる人がなぜこんなにも増えるのでしょうか。

日本人は結果と成果に追われ、周囲ががんばっているから自分もがんばらなければならないと自分を追い込み続け、自分のメンタルと体調の管理をおざなりにしがちになります。

NOと言えないのが日本人。そんな言葉すら出るほどに勤勉で真面目な国民性です。

自分自身が悲鳴を上げたくでもあげれない、そんな自分の調子を代弁するかのようにボディランゲージは無意識化でサインを送っています。

心配な時 → ほほを両手で覆う
     → 手で胸を押さえる
     → 頭を抱える、かく

こんな仕草・行動・態度はその人のメンタルを表している無意識のサインです。

痛い・苦しい時 → 胸や身体のどこかに手を当てる

寂しい時 → 両手で何かを抱きしめる

悲しい時 → 顔を覆う

絶望感 → 両手を床につく、倒れ込む

誰もが心当たりのある仕草ではないでしょうか、その時の自分の調子はどうだったでしょうか。必ずしも全員同じ仕草をするわけではありませんが、無意識の動作とメンタルバランスは密接にリンクしています。

自分の仕草を思い出して、他人の仕草をみてみると意外な一面に気づくかもしれませんね。
    

2年前と今。

ついに緊急事態宣言が解除されました、まだ県など地域独自の警戒体制による予断は許さない状況とはいえど、また一区切りはついたのかもしれません。

しかし東北ではまた大きい地震、関東では大雨など自然災害も立て続けに起こっていますので、コロナウィルスも緊急事態宣言が解除されたからといって、まだまだ安心出来る状況ではないのだと日々のニュースからも感じています。

自宅へ戻る道すがら、桜が咲いているのを目にしました。平時であれば桜の満開予報や、お花見など、ほんの2年前はもっと違うニュースが立ち並んでいたのを思い出します。

明けない夜はありません、必ず朝は来ます。

(祈り)

マスクの大人買い

DARCニュースを続けてお送りさせて頂いておりましたが、DARC Suppotersからの提案で

マスク100セットお預かりしています♪

鳥取・岡山・九州DARCの皆様に少しでもお役立ていただくことに繋がればと思います。

私の周りでは、DARCの活動をお気にかけ下さる方々から献品や寄付にご協力下さる方々へ代表の千坂氏より多大な感謝を頂いております。

もし、身の回り、自宅でご不要なものなどございましたらお声がけ頂ければ幸いです。

鳥取DARC日本海新聞掲載 Vol.3

鳥取DARC日本海新聞掲載 Vol.2  でご紹介させていただいた、ヒロくんと同時期に鳥取DARCでお会いしています。

お会いしたときはユウスケが二十歳ぐらいでした。

声をかけるとユウスケが話し出すまでに数秒間の待機時間が必要だったのが印象的でした(笑)

彼に何かを頼んだり、伝えたりしたことは何一つその通りにならない、もしくは忘れられている。これはDARCの中で彼だけに限ったことではありませんが、彼もそんなひとりでした。

薬物依存症者でDARCに入られた方だけに限りませんが、笑いが必要または笑えるようなシーンでも感情を表現できない、表情に変化が見られにくいのも特徴の一つです。

去年のワークショップで過去のユウスケは、喋らない、表現しない、ようなそんなシーンを演じてのにピッタリだとユウスケにお願いをしました。

そしてユウスケは私の頼んだことはまたどこかに消えてしまったのか。

自分のアドリブだけでワークショップ参加者全員を大笑いの渦へと何度も巻き込んでいくようなキャラになっていました。

DARCのプログラムと本人の回復への意欲は自分の生き辛い環境を変化させて、社会復帰への道を果たしました。

鳥取DARC日本海新聞掲載 Vol.1 でご紹介させて頂いたドクちゃんの素敵な笑顔も見つけました♪

着実なステップを歩み回復を果たすには時間とやる気がとても重要になってきます、しかしやり遂げられたエネルギーはとても素晴らしい彼らの笑顔になりました♪

鳥取DARC日本海新聞掲載 Vol.2

鳥取DARCから2回目の掲載記事をいただきました。

私が鳥取DARCに出張ワークショップをさせて頂くようになって10年以上経ちますが、彼は初めての出会いからずっといらっしゃる方です。

同じ言葉を2回、3回とかけないと聞こえているのか、聞こえていないのか、理解が出来ているのか、理解が出来ていないのか。わからないような初対面の印象でした。

私と話すたびに顔が真っ赤になり、毎回「ヒロくん大丈夫?(笑)」と声をかけるようなコミュニケーションが数年間続いていました。

現在は大きな声で笑ったり、ヒロくんがジョークを言っているのは奇跡のように思えます。

最初から誰もが良くなる保証なんてどこにもないのが薬物依存症という病気です。しかし彼は長い年月をかけて少しずつリハビリテーションとステップを着実に行ってきた結果がここにあると思っています。

3.11 ~10年目~

明日で東日本大震災から10年が経とうとしています。

東日本大震災 – wikipedia

関西でも大きな揺れを感じたほど当時のショックは覚えています、クライアントの中では津波の被害に合われた方もいらっしゃいます。

自然災害を生きた人の中に生まれる気持ちは当時に比べると、過ぎたことになっていくかもしれませんが、実際に被害に合うとその時の気持ちは言葉で語り尽くすのはできない悲しみとなります。

復興とは、文字や言葉にしてしまうとその中に「人の心」が入ってはいないのです。

10年経って町並みは戻っても、心の傷を元に戻すことは出来ません、ですが癒やしていくことは出来ます。

今日と明日の1日は思いを馳せ、祈りを捧げさせていただきます。

よしみ。

鳥取DARC日本海新聞掲載 Vol.1

鳥取DARCから入寮者の方が日本海新聞に掲載されたというNEWSを頂きましたのでご紹介させて頂きたいと思います。

ここから連載形式になるそうで、新しいのが届きましたらまたご紹介させていただきます。

ドクちゃんは博士号をお持ちです、子供時代から勉学がとてもよく出来て優秀な子供時代を過ごされたようです。

彼はみんなの中でのムードメーカーであり、お茶目表情をよく見せてくれます。

私が初めてドクちゃんにお会いした時には、返事や受け答えがままならないような方でしたが、DARCのプログラムやワークショップを受けて頂く度に、以前の自分を取り戻していくかのように感情を取り戻し、今ではよく笑いダンス曲のプログラムではいの一番に飛び出てきて楽しそうに笑顔を振りまいています。

次に会えるときにはどんなドクちゃんに会えるか、楽しみにしています♪

そうだね わかるよ その通り。

共感(きょうかん)、エンパシー(empathy)は、他者と喜怒哀楽の感情を共有することを指す。もしくはその感情のこと。例えば友人がつらい表情をしている時、相手が「つらい思いをしているのだ」ということが分かるだけでなく、自分もつらい感情を持つのがこれである。通常は、人間に本能的に備わっているものである。しかし、例えば反社会性パーソナリティ障害サイコパスの人物では、“共感の欠如”が、見られる[1]近藤章久は深い共感と直観を精神治療の根幹とした。

共感性がたとえば友情を生み出す。友人になったきっかけは、「何となく」であることが多いが、「何となく」の本性は、共感性である。共感しない立場をとると、子猫を憎むことを主張しているかのように受け取られ、不興を買う[2]

動物においても類似の例はあり、たとえばコンラート・ローレンツはガンが湖に群れで舞い降り、また新たな餌場に移動する際に、鳴き声を互いに聞くことで気分を共有するのだと論じている。

by wikipedia – 共感

私たち日本人は雰囲気や空気などを重んじるように育っていると思います。

「長いものには巻かれろ」 を重んじるわけではありませんが、そういった行動を主軸とする傾向が強くあります。

決して多数派は悪いことではありません「NOと言わなければいけない場面でNOが言えるか」それが私たち一人ひとりの中で確立されていれば良いのです。

共感は様々な場面で人間関係の構築においても育まれていきますが、生まれ持った共感性もあります。

この愛くるしい2匹は息子の家にいる保護された兄弟猫です。

行動で共感性を示しています。

この保護猫兄弟も前足を同じ方向に向けて座っている仕草です。

猫はとくに兄弟だと、こういった仕草や行動が兄弟一緒のように振る舞います、すなわち共感性とは過ごす環境で育まれることを猫は体現しています。

私たちは生まれるとき一人ではなく、必ず親から生まれてきます。

子供は親のコピーです、そして成長していく中で誰をコピーしていくかによって私たちの人格・常識・共感性は育っていきます。

子供の問題に親は悩みますが、心理学の現場では「子供は親が自分の問題を隠してきたところを無意識でコピーします」子供に湧き上がってきた問題としていつか自分が親の立場で向き合うことになります。

兄弟は共感し合いますが、親と子も共感し合う関係です♪