衝撃な死に直面すると言葉は出ず。

有名な方の突発的な自殺報道があり、非常に心が痛みます。

テレビや映画でお見かけしたことのある、息子より若い年齢の方でした。

日本は先進国と言われていますが、自殺率は世界で見ると高く先進国の中では長年ワースト。メンタルケアとセーフティネットに対する心理的抵抗がまだまだ強い国です。

今や日本はコロナが危機的な状況からは脱したかのように見えてものの、世界では再びとロックダウンに踏み切ろうとする国や都市など、死と不安が続いています。

目に見えないウィルスの恐れは、自分自身の心の中にある不安や恐怖と似ています。

昔の人は暗闇を避けるため明かりを手にしました、目に見えない・先が見えないことで私たち人間にはとてもストレスがかかるからです。

私も18年前に父が失踪し、4ヶ月後に山林で首吊り自殺をしているのが発見されました。

「私の家族に…首吊り自殺」警察から連絡があったときに頭の中が真っ白になりました。

今では、自殺者の魂を尊び「よくがんばったんだ」と認めてあげる気持ちは肉体がここに無いとしても私は父に伝わっていると思います。

心理学の現場で起こってしまった自殺に対する見方は「今の世界に疲れた、だから楽になるために次の世界に希望を抱く。」という行為です。

残された者の位置から見ると、どんな死であったとしてもとても辛く悲しみは深いのですが、本人は楽になったという見方があります。

自殺者の家族の心の傷が癒えるまで、死という強烈な体験が過去の出来事となるまで、とても長い時間がかかります。

心理学の現場から、これまでも様々な死への立ち会いを経験させて頂きましたが、どんな死に方であったとしても“尊厳死”と言います。

その人が今生で一生懸命生きたということを尊びたいと思います。

祈り。

豪雨・水害のお見舞い。

例年豪雨による被災が日本中でたびたび起こっているように感じています。

今年はコロナ発生から、悪天候による天災や災害が多発し胸を痛めることが続いております。

厳しい状況が続く中ですが、どうかご自愛下さい。

皆様の無事と健康をお祈り申し上げます。

福屋 よしみ

怒りの力学 Part4 怒りの弊害

https://wordpress.com/block-editor/post/yoshimi-kobe.com/371

以前のblog記事でもご紹介させて頂いた、怒りの人間が出来上がってしまうことによる弊害が“世代間連鎖”です。

「親から子へに受け継がれる」という言葉がありますが、怒りを撒き散らされながら日常生活を過ごす人はどうなってしまうのかとてもわかりやすい画像を御覧くださいませ。

怒りを受け続けて育ってしまうと、どこかまでは怒りという感情を抑制しようとします
それは怒りを持った人に対しての嫌悪感などから「僕(私)はこのような理不尽を振りかざす人にはならない」と誰もがそう思って反発するからです。

しかし、世代間連鎖とは親から子へと良い部分も悪い部分も受け継いでいきます。

何故なら子は親を見て育ち、どんな環境であれそれが普通または常識または当たり前として触れてしまうからです。

絶望からセカンドハネムーンまでの道のり(体験談)②

お電話のあと、1ヵ月以上闇黒だった眼前にヒカリが見いだされ、大きく安堵している自分を感じました。

それから10年経ちましたが、お電話でのカウンセリング、神戸にいって面談カウンセリングや年に数回開かれるワークショップでまさに「タマシイが揺さぶられる」コタエをたくさんいただき続けております。

カウンセリングを重ね、自分の心の深いところに沈められた痛みや悲しみに向き合うようになって1年。

私は急に〈「わが家」がほしい〉と思いはじめました。

それまでは「いつ、実家に戻るかも知れないのに持ち家など必要ない」という考えでしたし主人も家の購入など口にすることもなかったので、賃貸マンションに住んでいたのです。

主人に相談をもちかけ、自分たちの条件に添う物件がないか気をつけていたところ、ほどなくふたりの納得がいく家が見つかりました。

もともとふたりともDIY(日曜大工)や土いじりが好きなので、購入した家を、ふたりで手をかけてリフォームしました。


敷地に樹木や花を植え、畑も作りました。最初は痩せて収穫もままならなかった畑が、今は大豊作。豊かな実りが得られる畑になりました。

「わが家」には、私の母も同居。90歳を過ぎて認知症を発症。97歳からは介護施設のお世話になりました。

それから看取りまでの3年間、とりわけ100歳と3ヶ月で天へ旅立つまでの最後の7ヵ月、よしみさんの渾身のサポートをいただき夫婦ふたりで納得するまで話をしながらやりきることができました。

この7ヶ月の体験も、今も揺るぎない私の核となっております。

よしみさんに出会って間もない頃。
「笑顔で食卓を囲んでご飯が食べられる夫婦に戻りたい」という私に対して、よしみさんが「元に戻るのではなく、初めてご主人とお会いしたときよりもラブリーな関係!カウンセリングでセカンドハネムーンの場所へ!」と言われたことが、今まさに現実となっていることを日々実感しています。

「ふたりして、心の底から大笑いができる。」
「困りごとがあれば、ふたりで話しあう。」
「嬉しいことは、もちろんふたりで分けあう。」

「奇跡のパートナーシップ」の道を、私の手をひいてともに歩んでくださったよしみさんに、どれだけの言葉を尽くしても言い切れないほどの感謝の思いでいっぱいの毎日です。
ほんとうにありがとうございます。

絶望からセカンドハネムーンまでの道のり(体験談)①

さえさん 58歳、
栃木在住 自営業 夫婦2人暮らし。

主人は小規模ながら会社を営んでいましたが、収益が上がらないため
私が別な場所で働いて得る収入を生活費に充てて暮らすという日々が結婚当初から続いておりました。

そんな状況でのんきにかまえている主人を横目に、私ばかりが生活や将来のこと
また収益の上がらない主人の会社に心を砕いている日々の中で
「自分は単なるお手伝いさんでしかないのか?」という不満が鬱積し
もうこんな生活にけりをつけ実家に戻ろうかと思ったことが山程ありました。

ある日、主人の様子にどこか違和感を覚え、意を決して主人の携帯を開きました。
そこには、社員の女性と異常なやり取りが綴られていました。

状況が受け容れられなくて、ものすごい吐き気が込み上げ、息をするのもやっとでした。
主人に問いただすと、主人はすぐに謝りました。

そして、言った言葉が「俺は必ず戻るから」

「『戻る』って何? 今までどこに行っていたというわけ!」

自分が長年積み上げてきたものが全て、がらがらと崩壊していくさまを感じていました。

そのことがあってから1ヶ月、職場では辛うじて平静を保っていましたが摂食障害と睡眠障害で10㎏以上体重が激減、心身に限界がきていました。

ある日、仕事からの帰途に
「ああ…、もう嫌だ…、頑張りたくない…、疲れた…」
「このまま道の続く限りずっとずっと車で走り続けていたい」

との思いが噴きだし、大声でわんわん泣きながら車を走らせていました。

このままでは自分が壊れる、いや、もう完全に壊れている…と痛感し、第三者の立場で話を聞いてもらえる人を探そうと、手当たり次第インターネットで検索し〈悩み辞典〉というサイトに行き当たりました。

そこに寄せられるたくさんの相談と回答のなかに自分の求める”コタエ”はないかと、片っ端から目を通しました。

実際に専門家の方に相談の回答をいただきもしましたが“なまぬるさ”しか感じられない。

「私がほしいのはこんな”テンプレート”や”通り一遍のコタエ”ではない!

もっと”タマシイが揺さぶられるようなコタエ”がほしい!」

私の心が悲鳴をあげ続けている中で色々な方とやり取りをし最終的に「この方しかない」と心が定まったのがよしみさんでした。

自分の住む栃木から随分離れているので、「続けられるだろうか」というためらいがあったのですが最初のお電話から、私の心に食い込んでくる“ゆるぎないコトバ”の力強さに圧倒されました。

これこそが私の求めていた”コタエ”でした。

②に続きます。

受験戦争で失った感情

33歳 広島県 由美子さん

小学校5年生の時、中学受験に向けてフルパワーで勉強をしていました。
ところが当時、父が経営していた会社が倒産し自宅も差し押さえ。

父は母を介して「受験をやめるように」と伝えてきました。
私は母の前で、泣きながら必死で「受験したい!」と頼みました。

結果、私は受験できることになり、希望の中学校に合格しました。

大人になってから母から聞いたのですが、私の受験は家族の希望。
もし私が不合格であれば、一家心中していたかもしれない状態だったとか。

子どもの受験というのは、とてもプレッシャーを感じながら
そのときに欲しかったもの、友達と遊びたかった時間、行きたかった場所
11歳の私はすべて諦めて、受験勉強だけの時間でした。


今から思えば、子供時代の私は、受験戦争という戦争の中にいたのだと思います。
まさか自分が子供のときに「競争・勝つ・負ける」を体験してからは、自分にとっての不都合なものを全て無かったことにして、生きるようになりました。


押さえ込んで、閉まい込んだままの感情は「怖さ、怒り、悲しみ、楽しみ、憧れ、笑う」
そしてどんな感情も感じなくなり、私自身を壊していきました。

インターネットで自分の話を聞いてもらえそうなカウンセラーを探し、よしみさんのブログにたどり着きました。
ほかの人のブログと違って、ぬか床、カレー、お茶づけなど、生活感のあふれるブログだったところに惹かれたんだと思います。

電話でつながって、よしみさんのカウンセリングを受けるようになって、子どもの頃から押さえ込んでいた感情があるのだと知りました。

私は過去の体験から、家族を助けたいと思い続け、私が頑張ることで家族が生き延びることができたと思っていました。

そして家族に起こる問題と、自分の問題の区別がつかなくなっていました。

よしみさんのカウンセリングを受けて、私が分かってきたことは「押さえ込んできた感情は自分の人生に壁を作り、後から様々な同じ問題が出てくる」ことを知りました。

現在、よしみさんのカウンセリング受けて、3年が経ちますが、一番嬉しいのは1年目くらいから健康を取り戻せたこと。

カウンセリングによって、 心の中をスッキリきれいに大掃除することができて、カウンセリングを受ける前のように体調不良に悩まされることがなくなりました。

自分を楽にするということは、本を読んだぐらいではどうにかできるものではないということです。

一人ではどうにもできない時期が来て、私にはカウンセラーが必要でしたので感謝しています。

年齢を重ねた怒りとの付き合い方

「頑固親父」という言葉があるように、年齢を重ねると怒りっぽくなるという事例がありりますが、これは年齢と共に温厚になる人とすぐに怒り出す2パターンの説明です。

このキーワードはこれまでの人生で長い時間自分を我慢させていることで心のキャパが無くなり怒りやすくなっているからです。

また、怒るということは精神面ではなく怒りのエネルギーは健康面にも無自覚(無意識)にダメージを与えています。(高血圧やストレスが主に社会で耳にする内容です。)

我慢が怒りへと繋がり、自分の健康と人間関係に大きく影響していることが心理学の現場ではよくあります。

人間は年を重ねると同時に病気などのリスクも高まっていきます、自分自身が若いときから心と身体に我慢をさせていれば、仕事が無くなった反動でする事がなくなり社会から切り離されたような喪失感に悩む人もいます。

自分でも気づいていないワーカーホリック(仕事中毒)な人は「もっとがんばらなきゃ!」と自分を鼓舞し仕事をしている時ぐらいに厳しく周囲に振る舞おうとします。

職場の自分になっているつもりで家庭でも同じことをすると・・・どうなるかわかりますよね。(笑)

仕事から解放されているのに、感覚が麻痺していることにより、自分と他人を厳しく扱ったり、口調が会社で現役のときのような部下を叱るなど切り替えが出来ない。

これは心理的にみると自分を我慢させ続けたことにより心のブレーキが壊れた状態です。

がんばることで我慢させ続けた自分の心が元通りになることがほとんどないと思います。

しかし私の経験から怒りという感情の元には深い悲しみが存在しているため、元となった悲しみを癒してしまえば心がかならず楽になっていきます!

20代の私と現在60代の私が、癒しを経験し変わっていった実体験に基づく癒しの結果です。

今は毎週息子と買い物に行ったり、親と子で適切な距離をキープしお互いに幸せな人生を贈ることが出来ている心理学に感謝しています。

怒りの力学 part3

怒りはとても難しい感情ですが、怒りには必ずパターンがあります。

子ども時代、親に怒られないようにするにはどうしたら良いか、皆さん考えたことがあると思います。

怒りの着火点はおおまかに3パターンあります。

■1【静的な怒り】相手の反応に呆然としてしまう、立ち尽くす、言葉を聞いて考え込む

このパターンはその場で怒らず、怒りを溜め込んで我慢します。

その我慢を重ねた結果、近寄ることすら許されないほど関係を精算または断ち切るような対応が例です。

理性的な怒りですが、この深い怒りは癒やされるまでに長い時間を必要とし、怒るまでに猶予時間があります。

■2.【動的な怒り】くやしさ ショック

このパターンはすぐに本能的に怒りを発しています。

理性的ではないように周囲に見えてしまい、瞬間湯沸かし器な的な部分があります。

怒りっぽい人に見られがちですが、状況確認を怠っていたり日常から低姿勢な人に多く見られます。

その分怒りの時間は長くなく、自分と同じく低姿勢な相手にとても寛容です。

■3. 【権威的な怒り】自分が相手よりも上の立場であるかどうかを重視します。

分が相手より上位にあると錯覚しロール(役割)のように振る舞います。

この怒りは立場や役割を果たすため行っています、怒りの時間も様々ですが条件や状況が収まったと感じれば怒りは消えます。

いわば条件を満たせば鎮火する怒りであることが多いのですが、理不尽な条件の場合もあります。

しかしこれは感情で怒っているのではなく全て条件を満たしていない自分への怒りです。


怒りの根底には深い悲しみがあります、怒りが大きい人ほど悲しみが深いものであることが多いです。

悲しみを癒やすまでその人の根底から怒りが消えることはありません。

しかし怒りもただの感情なので、癒してしまえばとても楽になっていきます。

占いとカウンセリングの違い

41歳 京都在住 まりこさん

家族とうまくいかず、悩んで、カウンセリングを受けるか、占いに行くか、どちらがよいのか・・・。悩みきった私は占いにはまることになりました。

自分の人生を言い当て、自分の未来を明るくしてくれる占い師を探し、心の中のモヤモヤを晴らそうとしていました。

でも、何人もの占い師の話は、まるで同じ本を読んだように、いつも同じような答えでした。

家族との関係もうまくいかない悩みは、占いでは解決しないということが私はわかりました。そこで、カウンセラーを探しはじめました。

インターネットでよしみさんのブログを見つけ、カウンセリングを依頼しました。

よしみさんのカウンセリングから、自分の心の中を他の人に話す経験し、隠し続けていた自分に出会うことになりました。

家族との問題、どんな問題も一人で処理しなければならないと私は思い込んでいました。

カウンセリングがなかったら、おそらく鬱になり、会社もやめて、人生は虚しく感じて、不平不満の毎日だったかも知れないと思います。

でも、よしみさんのカウンセリングで、どんな問題を相談しても、どんどん解決していくので、充実した毎日を送っています。

自分の専属のカウンセラーがいれば、どんな問題が起きても必ず解決でき、絶対大丈夫な自分になれると知りました。

ほんとうにありがたかった、人生大発見。

ワーカーホリックの私(体験談)

36歳 兵庫在住 麻衣子さん

中学校で英語がクラスで1番。高校生のときには、英語が学年でいつも1~3位。英語が得意な私は、社会に出たら海外で働きたいと思っていました。

外国語大学に進学し、第2外国語はフランス語を専攻、就職先で「フランスのワーキングホリデイ」を経験するチャンスがありました。

希望選考で見事選ばれ、パリで航空会社に1年間勤務することが決まりました。

すべてが希望通りに運んだように見えたのですが、パリで働き始めてからミスが目立ちはじめメモをとって気をつけていても、注意されることが多くありました。

ミスが続いてしまい心が滅入ってしまった私は、良くないスパイラルに落ち込んでいき…心の中で「私は他の人と考え方がどこか違うのではないか」自分を否定し始めていき、メンタルのバランスが崩れていく一方でした。

気をつけても指摘が減らず、心と体調までもが悪くなる状況に歯止めがかけられません。

緊張と不安の日々で、誰にも言えず、言葉の違う国で悩むことばかりでした。

休日にテレビを見ていたときに、カウンセラーという職業に目がとまり自分の求めていたものを見つけたかのようにインターネットでカウンセラーを探しはじめました。

流石に言葉と文化が違う国でカウンセリングを受けようとは思えず、日本で悩み辞典を見つけ、よしみさんのQ&Aに目がとまり、無料カウンセリングを受けました。

無料カウンセリングで得るものはあったのですが、そのとき私の悩みは45分で解決するものではありませんでした。

継続して有料でもいいと思えるほどに当時の私は癒しを求めていたため、Skypeカウンセリングをフランスから受け続けて、フランスから帰国したら必ず面談カウンセリングを受けようと心に決めていました。

カウンセリングを受けるまでの私は「いい会社に入ったら素晴らしい人生が展開する」とか「結婚によって女性は幸せになる」とか固定観念に縛られていました。

「幸せは自分で作り出すことができます」とよしみさんはおっしゃいました。

会社で仕事をすることを中心にして生きる日々で、幸せに繋がると信じていたワーカーホリック(仕事依存)の私にその言葉に、目からウロコと呼べるほどに衝撃的でした。

自分を幸せにするのは

・自分の犠牲的な生き方をやめること。
・自分を大事にすること。
・いつも人優先で、自分は後回しにしないこと

上記と真逆なことをしていた生き方で、自分が幸せになるはずがないと痛感しました。

フランスのテレビドラマでカウンセラーという言葉が目にとまったとき、私の新しい人生が始まったのです。

よしみさんとの出会いに感謝しています。