どんな理由や内容であれ、戦争は悲しみや苦しみを作ってしまいます、戦争ではなく争いだったとしてもです。
世界は今大きく動いています、戦争をしている国だけが当事者であるかと言われると、インターネットが普及していない昔はそうだったかもしれませんが、オンラインで繋がることができる今は、直接的関与していない国であれど立ち振舞いが求められます。
どんな形であれ人と人が協力し合えることは素晴らしいものです。
しかし、争いは恨み、憎しみ、不幸、たくさんのネガティブな感情を生み、長期間に渡って残していきます。
トリガーを引く側も、引かれる側も、したことやされたことは全て残っていくのです。
もう少し身近な例えに置き換えると、許す・許さない。これは非常にシンプルな内容ですが難しいテーマです。そして感情が密接に関わる3つのステップがあります。
- 許しを求められる、または許そうと考える。
- 許すに値するか考える、本当に許していいかを考える。
- 許そうとする感情を自分が受け止められるか。
シンプルに3ステップにして書きましたが、許しのステップは自分と相手が同じ目線、同じ考え、同じ答えに辿り着かなければ「許し」は成立しません。
「あのときは許したけど、やっぱり許せない」「許そうと思ったけど、許せない」そういった感情が後に湧き上がってきたときには、許しが成立していなかったケースです。
日本は欧米に比べ、メンタルヘルスの分野では10年以上遅れていると言われている理由でもありますが、当事者以外の第三者に頼ることはしません。欧米での家庭の不和や、常識外な行動をしたときに、必ずカウンセラーへ自らいこうとします。臭いものに蓋をするわけではありませんが、日本の文化でもあります。
何もかもをオープンにすることが良いわけではありません、適切なときに適切なところへ行って解決することが、欧米では当たり前であるという認識だからです。
例えば浮気をされたとして自分が許すか許さないか。相手が平謝りで全てを差し出すような勢いで謝ってきたときに自分がどう対応するか。自分で考えても答えがでないとき、欧米ならばカウンセリングを使います。
どんなことでも相談できる専門性のあるプロの解決手段を持っているのか、持っていないのか、本当に許していいのかどうか許しの質を高める手段は、後々に問題を残さないためにも大切なことだと私は思います。
一度許してしまった後に、また許せないとなったときに一番苦しむのは自分自身だからです。
今、世界は悲しみに満ちています、少しでも早い平和を祈ります。