大事なのは自分の判断と境界線。

後に兵庫も緊急事態宣言となり、期間の延長が決まったと息子から知らされました、仕事を終わりにお弁当を買いに行く時間がまたタイト(忙しくなる)と言ってました(笑)

コロナによる県ごとの緊急事態宣言、調べてみると1回目は「2020年3月13日」に発令されたそうです。

もう1年半近くにもなると、今なのか、いつが緊急事態なのかがわからなくなってしまうような気持ちになるのではないかと思います。

夏になると話題に上がる第二次世界大戦は「1939年9月1日 – 1945年9月2日」となっていました。6年間もコロナ以上に厳しい生死が関わる実情の日々を、生き抜いた方々は本当に凄いという言葉しか出てきません。

・光が見えず良くない雰囲気
・出口の見えないトンネル
・見えない危機と災害

「終わりが見えない」ということは不安と辛さがどんどん増してネガティブな自分になってしまいますよね。

こういった状況が続くことを「厭世的(えんせいてき)」と呼びます。
(上のリンクを押すと解説が出ます、Google検索より)


「厭世的」とは、人生や世の中にうんざりして、投げやりな気分になっているさまを表す言葉です。 生きていることに希望を感じられなくなっている様子を指す時に使われます。


医療従事者の方々は大変な状況下で日々必死に命を救おうとして下さっている中。

・ルールを守ろうとしてる方がいる一方でルールを守らない方。
・誰かの不祥事による事故で、現場に責任と負担が押し付けられてしまうような状況。
・コロナ以外にも仕事の業界によっては先行きがなくなってしまった。
・もう何年も実家にも帰れない不満。

良いニュースよりも悪いニュースの方が目に入ってしまう。

大雨による被害も聞こえる中で、どうしてもメンタルは悪い方向に周囲と世情が流れていってしまうこともあるかもしれません。

だからといって私たちは自分の目の前と自分自身のことを諦めることは違います。

アカウンタビリティ(Accountability)私たちに起きたことは、すべて私たちの責任であるという原則です。

仕事、家族、自分、日常生活を成り立たせていく中で出来うる手段と選択を行い、私たちの日常を守ってより良くしていくこと。

自分自身が楽な人生を得るために心理学は存在しています。

厭世的なムードやニュースは情報としては重要です、ですがそれに自分自身が巻き込まれるようなことは何のメリットもないからです。

想像してみましょう、自分の周りで誰もがダウナーやネガティブなとき、そこに一条の光のようなポジティブさを持った人がいたら、自分はダウナーの輪で燻っていたいか、それともポジティブな光に少しでも近づきたいか。それはあなたがポジティブな光になることさえ、この記事を見ればきっとわかります。

日本中が知る有名人の一人、イチロー。偉業を成し遂げた彼のメンタルを保つメゾットはなかなか奇抜ですが、素晴らしい手法だと私は思います。

「押してもダメなら引いてみる」そんな言葉がピッタリではないでしょうか♪

自分が不安なときに必要以上、または不要な動きをすることで結果に影響することもあるからです。

私がクライアントの方々に提案させていただくとき、自分や誰かの結果を待つ間がつらい時には「信じて待つ!」「祈り続ける」といった言葉を使います♪

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